望月定子油彩画常設展示

晩年にひときわ人生を輝かせ激しく、力強く、そして優しく心揺さぶる

兄の突然の死により取り巻く環境が一変し、63歳から油彩画に執りつかれたようにキャンバスに向かい、九十九里浜の波の力強さや昇る朝日にきらきら輝く海、夕日に染まる浜辺。故郷の風景を意の向くままにキャンバスに叩きつけ創作に打ち込んだ晩年の定子の軌跡というべき作品をご覧下さい。


猪俣史郎氏から見た定子とは。

望月定子語録から一部紹介します。

「私は望月定子先生の大フアンです。先生晩年の足掛け九年間、お傍にあって薫陶を受けた、先生の生涯ただ一人の弟子でもあります。

先生の“創作姿勢”とか“芸術観”は、どのようなものであったかという点ですが、先生晩年の一介の弟子に過ぎない私には、どんなに言葉をつくしても、しょせん“盲人象を撫でる”の域を出ないと思います。で、この点に関しては、先生が直接弟子に与えられた数多くのアドバイスや教訓のうち、特に上記の二点に関するもので、印象に残っているものをいくつか列挙しておきますので、お人柄へのご理解と、その絵画群鑑賞の一助となれば幸甚でございます。併せて,私同様、絵の道を志す初心者の皆様の多少のご参考になれば、幸甚この上ありません。 」

望 月 定 子 語 録 NO、2  

絵画群の圧巻は、F100号に描かれた“海の絵”に尽きます。赤い海,群青の海、岩場に砕け散る波しぶきの海、朝日・夕日に映える四季の海浜の光景・・・いつ見ても理屈抜きに感銘を覚えます。

海の絵に限らず、先生の絵画群に共通して言えることは、激しく、朴訥、かつ求道的なまでの生命への憧憬ともいうべき情念に貫かれています。音楽に譬えれば、装飾音符のほとんどない打楽器・・・それもドラの響きが、主調底音となって揺曳する原始宗教の典礼音楽のような、重厚さと荘厳さとをもって見る者に迫ってきます。

このような絵画群を創造された背景には、むろん、先生のご気性、ご性格、お人柄に負うところが大であることは、論を待つまでもありません。

 “モノを見ること”とは、

初心者は、描くという意識が先にいきすぎて、どうかすると、事物をしっかり見ていない傾向があるのよネ。描く前に腰を据えてじっくり見ることね。分かる?。漠然と眺めているだけでは、モノは見えてこないものヨ。たとえ写真であっても、物陰になって見えていないところはどうなっているのか、そこに何か在るのか無いのかまで見通してやろう・・・という執拗さが必要だしネ、また、そこに漂っているであろう、風の音や、せせらぎの音まで聴こうとする積極的姿勢も大切ネ。そうして、目に写っている部分と、五感で捉えた雰囲気と、想像したものを総合して、はじめてモノを見たことになるのヨ。

 描くときの留意点、

描きはじめたら、余念を捨てて、ひたすら描くことに集中すること。没頭する・・・というか、西洋哲学のカントという人の言葉に“吾思う、故に吾在り”という言葉があるそうだけど、“吾描く、故に吾在り”くらいの気構えを持ってキャンバスに対峙することも大切ネ。細かい部分描写は後まわしにして、構図は雄大・豪快に、また激しく大胆な筆使いをこころがけること。またどちらかといえば“線”よりも、むしろ“面”と“色彩”での表現を工夫する方が、早く絵の具の扱いに馴れるようヨ。・・・人によるかも知れないけど・・・。

 “見る”も“描く”も、呼吸法の要領で

これは、いわずものがなとも思うけど、老婆心までに言えば、武道ではよく“呼吸”ということを大事にするでしょう。吸う息と吐く息・・・これは、絵を描く場合でも大切なことなのヨ。モノを見る時は、大きく息を吸い込むときの要領であるがまま全てを受け入れ、描くときは、吐く息の要領で・・・、吐く息の長短を加減しながら・・・つまり、気合の入れ方を調整しながら描くことネ。

筆者 猪俣史郎