「望月定子美術館」は九十九里浜のほぼ中央、片貝海岸のほど近くにある個人美術館です。開設は平成9年7月。故望月定子(1919~2008)の油絵作品150点余りを収蔵し、定期的に展示替えをしながら常設展示しております。 故郷の、浜の美しい風景を一枚でも多く残そうと制作に励んだ定子の力強い作品をご覧下さい。 

 

美術館を母(望月定子)から引継ぎ、最初のころは、作者である母がいつも傍にいましたので、作品の解説もお任せで特に責任も感じていませんでした。ところが母が亡くなってからは折に触れ切実に責任を感じております。ご来館された多くの方は、60歳を過ぎてから絵を描き始めたことに驚きます。初めて来られた方には、絵を始めたきっかけとなる事がらや生前のエピソードを交えて紹介をさせて頂いておりますが、一様に「このような迫力のある絵を女性が描かれたとは驚きました。絵を描く前は何をされていた人ですか。」と尋ねられます。

実は、この質問が一番返事に困ります。言葉では説明しがたい奥の深いものであり、やたら精一杯言葉にしてしまう時もあるのですが、何か言い尽くせ無いものがあり、結局、絵との矛盾を感じてしまうのです。作品には、表現者の人物像が見えるものであり、キャンバスに自身の篤い想いをぶつけ、塗り込め、描き込めて、当然観る側になにかが伝わるのでしょう。

60歳を過ぎてからこのような絵を描いたことに驚かれますが、天性の気性の激しさに加え、奇しくも自身の精神的肉体的葛藤・闘病の時期と重なり、まさに描く事が生きることだったのではないかと今は、勝手に推測しています。

今後、美術館を維持していくことは、私自身が作者の心情を探求し、作品に向かい合わなければならないのではと、ひとつの大きな課題です。

■画集作成について

90歳を目前にした2008年、その頃にはもう描くことは無く、自身の作品を観る側になっていました。「私の絵には、私の魂と体温がくっついている。したいことはもう無いの、思い残すこともないし、こうしていてもちっとも退屈じゃないの。」と絵に対する厳しさは影を潜め、成し終えた達成感によるものか、瞑想し、静穏な日々を送っていたように思います。その姿を間近にして、何の気負いも無く自然に口を衝いて「おばあさん、卒寿のお祝いに画集を作ろうね。」と言うと「そりゃあ嬉しいけどおまえが大変だよ。」と遠慮がちながら満面の笑顔でした。ところが、その年の9月に突然逝ってしまい、生前に画集を手渡すことは叶いませんでした。その心残りを、翌年に「望月定子画集」として、絵のほかに人となりエピソードも織り込んで、在りし日を偲ぶ画集に纏め刊行しました。

■アートスペースについて

望月定子と同様に、真摯に創作に打ち込む作家の方に、美術館を作品発表の場として活用していただきたいと願い開設しました。

 

■色々なお話をしてくださる方も多く、美術館を通しての出会いは、学ぶことの連続で私を育ててくれます。私の未熟さに見かねて心ある方々が様々な形で応援してくださり心強い限りです。皆様のご期待に添うべく、心して進みたく思っております。

                        

 望月定子美術館館長 望月やす子